14歳の夏の午後、雲を見ていて詩が浮かぶ。この時から詩や童話を書き始める。たくさんの寄り道をして現在に至る。染織・パン作り・パーカッションなど興味の範囲が広く趣味とよべるものがない。よく変人扱いされるが実は極めて常識的でやることはかなり古風。えりさの名の由来はアンデルセンの「白鳥の王子」より。
長野県出身。カメラ会社でエンジニアとして香港勤務。この時代に平均律の構想がうまれる。帰国後、喫茶専門学校に通った後、講師となり、日本で初めての喫茶関係の通信教育を始めた。昭和55年、原宿平均律を開店。平成2年閉店後、13年に学芸大学駅に再開店。本物の味と、都会だからこそくつろげる空間をという考えを、えりさが受け継ぐ。現在マスターは顧問的役割。気導術師として修練中。
近くに写真家の事務所があり、そこの方達は皆ステレオ好きで、店にみえると必ず、マスター と、アンプやプレーヤー、針のことを話していました。たまに、「この針を使ってごらん」 などと、持ってきてくださる方もいました。珈琲とタバコの煙とステレオやクラッシック 音楽の話・・・私には、本当に男くさい大人の世界で、当時は話を聞くだけで精一杯でした が、見るもの聞くもの全てが新鮮で刺激的でした。 広告写真業界の大御所と言われるAさんは、弟子たちに怖がられていたようですが、店では とても優しい方で、マスターがいない時にこの方がみえると、何の話をしてよいのか、お互いに 内心困ったなあと思っていたと思います。私はどきどきしていました。初めて、Aさんに会った あと、あまりに世間知らずで無防備状態の私をみて「修道院からまぎれこんだようだね。生きて いけるのかね」と心配されていたようです。大丈夫、Aさん、私はたくましくなりました! Aさんが陸上選手のカール・ルイスを撮った時の話をしてくれた時は、夢中になってきいてしまいました。 そんな実力派写真家とは知らず、学芸大学平均律になった時に、いただいた革張りの陶芸の写真集を 無造作に置いておいて、7年前に初めてみえた写真家にあきれらました。「だめだよ、大事に しないと・・・これ、盗まれちゃうよ」
Aさんは昼のお客様でしたが、たまに夜、お酒を飲んだあとみえることがありました。まず、電話 してきます。「えりさちゃん、今から行ってもいいかな?」そういいつつ、もう絶対に来る気! 私はマスターと時計をちらっとみます。もうすぐ閉店時間。5分くらいして、ばつの悪そうな でも、お酒が入って少し陽気にお友達を連れて登場。「直ぐ帰るから」といいつつ、閉店時刻は とっくに過ぎ、「悪いね」と、マスターをほとんど見ずにお支払い。マスターは、「地位があろうが 、名声があろうが、ここではみんな一緒」と言っていて、気にくわないと、すぐに態度と顔にだすので、 いつもひやひやするえりさでした。本当のところ、マスターは早く帰って、自宅でビールを一杯 やりたかったんだと思います。 学芸大学平均律になって、出版社の福音館の方と話した時に、絵本作家である奥様と 福音館の方がかなり親しくなさっていることを知り、不思議な縁を感じました。奥様はいつも やんちゃ坊主のことを話すようにAさんのことを話されていました。
尾瀬の写真や、「音楽の友」の表紙の写真を撮っていたNさんも、大のクラッシックファンで、 ヨーヨー・マのチェロ生演奏の話をするといつも感極まっていました。この方の写真集を受け取り に奥様に会いに行ったことがあります。その時お昼をご馳走になりました。食事をしながら、半分以上 諦めた様子で、「いつもいないのよ」と、やはり、やんちゃ坊主の話をするように話されていたのが 印象的でした。写真家の妻というのは、なかなか大変なんだなと思ったものでした。 私も最近、少し花を撮るようになって、改めて、Nさんの写真をみると、すごいロマンティスト な人なんだなあと感じます。優しい清楚な写真です。花が咲く季節になると、尾瀬のことしか頭になかった んだなあと共感を覚えます。
Yさん・・・この方は、珈琲豆を買いにみえて、マスターが豆を用意している間に、お話をされる様子が、 とても穏やかな優しい話し方で、ヨガを長くされているせいか、身体がすっと伸びて姿勢の良い長身の方でした。 店をやめてから何年かして、たまたまTVをみていたら、Yさんが写ってます。広告関連の仕事の傍ら 巨樹を撮り続けているらしく、その分野で、成功なさった様子でした。
平均律を閉める前に、親切に、「店内を撮っておきましょう」とカメラを持ってみえたYさんも、 今では独立されていいお仕事をされているようです。奥様も同じ広告関連の方で、たまに二人で みえていました。お互いを尊敬している様子が、なんともいえず素敵でした。
現在、平均律でやる個展の半分が写真展なのは、マスターがカメラ関係の会社に勤めていたという ほかに、なんだか写真に縁のある店なんだと思います。 一流の仕事をしている人々の素顔をみたり、奥様達と交流があったのは、私にとって豊かな 経験となりました。
次回は、大学生や若い世代の人達との交流を書く予定です。